2007/12/01

インテリゲンチア階層と労農階級の医師




党と国家の支持を得た社会衛生学は、一般衛生学との権力闘争に勝利し、ロシアの医学教育の中で確固たる地位を築いていくが、その絶頂は長くはなかった。その絶頂期といえる1920年代においてすら、社会衛生学はソ連の医学生たちの間で人気がある科目ではなかった。当時の調査が示すところによれば、医学生は「予防」ではなく「治療」に携わることを望んでいた。これは、予防こそが医学の本質であるという新しい発想が受け入れられなかったという慣性の問題もあるが、革命による医学教育の民主化によって、インテリゲンチア階層出身の医学生の割合が低下して、労働者・農民階層出身の医学生の割合が上昇した結果、民衆の改善に力を注ぐ伝統を持つ前者のエトスではなく、医学を社会的上昇の手段と捉え、治療医学の英雄らしさに引かれる後者のエトスが、学生の間で支配的になったのかもしれないと著者は考えている。
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