2008/02/06

後ズケ=歴史学者の無知はブラックボックスを生む




「中央のイニシアティヴに対して受動的だった地方」というモデルでイギリスの衛生改革を理解するのは、部分的にしか正しくない。それは史実に反することを示す具体例も挙げられていたが、特に面白かったのは、「歴史学者の無知はブラックボックスを生む」という説明だった。つまり、「何が起きるべきだったかを知っている・あるいは知っていると思い込んでいる歴史学者から見ると、それを実現させた人たちが解決しようとしたテクニカルな問題がブラックボックスに入った状態になり、どうしてこんなに時間がかかったのかというような見方をしてしまう」ということだ。

19世紀後半に下水道を建設することは巨大な工事であり、技術的に解決しなければならない無数の問題があり、しかも根本的な方針においても、たとえば水で流すのがよいとか乾燥させるのがよいとかバキュームで吸い込むのがよいとか、さまざまなプランがある問題だった。人の土地に下水を通すだとか、既存の営利の水道会社との関係調整だとか、法律的に解決しなければならない問題も山積していた。こういった問題を把握しないで、「下水は、できるだけ早く作られるべきだった」という前提から出発した歴史学者から観ると、地方自治体がぬるま湯につかった因循家・守旧家の集まりのように見えてしまう。

何が起きるべきだったか知っている歴史学者が陥りやすい落とし穴」というのは、色々な文脈で心に留めなければならない。きっと、現代の環境問題や地球温暖化問題にも同じようなことが言えるのかもしれない。対策を早く打ち出すべきだという環境活動家の福音には感謝するし共感するけれども、到底ルーティンとはいえないようなテクニカルな問題が錯綜する領域なんだろう。「なぜ、こんなに明白なことを実地に移すのに時間がかかるの?」という叱責に似た疑問は、貢献もするけれども的確な理解ではないんだろう。
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